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「突然降りだすなんてね…ここで少し雨宿りを…神子殿?」
顔を伝う雫を拭いながら視線を少女に落とせば、じっと興味深げに見上げる視線と重なる。
「どうしたの?」
「リンドウさんの髪、濡れて少し落ちてきてるから…可愛いなって思ったんです」
「君ね…」
可愛いのは君の方
<濡・リンゆき>
約束をした。
束稲山の桜が咲く頃に、もし戦が終っていたら共に桜を見るのだと――
「…約束…したじゃないですか…泰衡さん…」
零れた言の葉はもう、目の前の人には届かない。
自然と涙が頬を濡らした。
まだ伝えていない事が、話したい事がたくさんある。
だから私は――
<かえる・泰望>
「小松さんの髪飾り、変わってますよね」
「元は刀の鍔だからね…使ってみたい?」
そう言い、嬉しそうな彼女を手招きし――
「…これじゃ髪飾り、取れません…」
腕の中に捕らえても、彼女の関心は髪飾りにあるようだ。
…本当に手強い。
私が結びたいのは、君との縁だというのに
<結・小ゆき>
「ねぇ、神子殿…君、慶くんと…」
何を楽しそうに話していたの?
そう問う寸前で言の葉を飲み込む。
つまらない嫉妬だ。
常とは違う穏やかな従兄弟の様子も、彼に見せる彼女の笑顔も、胸を締付ける。
いっそこの腕に閉じ込めてしまおうか…
「リンドウさん?」
今は僕だけの――
<胸・リンゆき>
「ゆきちゃん…」
傍らに添う愛しい人の名をそっと呟く。
この血に流れる呪詛を、これほど忌まわしいと思った事はない。
何よりも愛しい人を傷つけてしまった。
けれどもう、それも終わる ――
キミは泣くだろうか?怒るだろうか?それでも、私はキミに――
鎖の音が思考を閉ざした
<添・桜ゆき>
「小栗さん、本当に私が一緒でもいいんですか?」
遠慮がちに見上げる娘に、構わんと軽く微笑う。
むしろ神子の存在は交渉に役立つだろう。
ざぁっと吹く風が花弁を散らす。
「春たてば消ゆる氷の残りなく、か…」
「え?」
「戯言だ。気にするな」
或いは絆されたのは私の方か
<役得・慶ゆき>
「ゆきくん」
「ん…」
軽く肩を揺らすものの彼女は少し眉を寄せるだけで、微かな寝息がもれる。
薩摩藩家老の妻がこのような縁側で寝ているのも問題だが、それよりも――
「平田殿を抱いて寝ているなんてね…」
我知らず溜息が零れる。
猫相手にずるいと思ってしまうなんて
<ずるい・小ゆき>
「桜智さん?また日記を書いてるの?」
柔らかで心地良い声音が名を呼び、小首を傾げる様が何とも愛らしくて眩暈を起こしそうになる。
天女はいつか時空の彼方へ帰ってしまうとしても、キミがここに居たというしるしは記憶と日記に残るように…
「ゆきちゃん…」
大好きだよ
<しるし・桜ゆき>
春の陽射しは温かく、けれど己の体は酷く重く、熱を失っていくのが解る。
痛みなどとうに感じない。
…彼の少女は元の世界に帰っただろうか。
春の陽射しにも似て温かく、凍った雪をもとかす光――
「…っ…今更だな…」
焦がれた春は既に遠く、ただ眼前に広がる野花が風に揺れた
<焦・泰→望>
「リンドウさんっておしゃれですよね」
そう言う彼女は、手元にある簪を何とはなしにくるりと回す。
「そう?…それ、気にいったのならあげるよ」
「いいんですか?」
嬉しそうに微笑む彼女の視線が簪に落ちる。
…本当に嫌になる…
君の視線も僕だけを見てほしいと願うなんて
<夢中・リンゆき>
(同題遙か、5/2までまとめ)
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